五六枚に自分の想像説を書きつけてさし出したのであった。それはいいかげんなものであったろうが、しかしこうした方面にも力学の応用の分野があることを知って愉快に思った。
 いよいよ西洋へ出発となって神戸《こうべ》まで行ったらあす船に乗るという日に、もう前歯の前面に取り付けた陶器の歯が後面の金板から脱落した。あわてて神戸の町を歩いて歯医者を捜してやっと応急取り付け法を講じてもらったが、ベルリンへ着いてまもなくまたいけなくなった。その時かかったドイツの医者は、細工はなんとなく不器用であったが、しかしその修理法がいかにも合理的で、一時の間に合わせでなくて長持ちのするような徹底的のものであるのに感心した。その歯医者が、治療した歯の隣の歯を軽くつついてそれがゆらゆら動くのを見つけて驚いたような顔をした。そうしてうやうやしく直立不動の姿勢を取り、それから両肩をすぼめておいて両方の手のひらをぱっと開いて前方に向け、首を傾けてじっと自分の顔を見つめるという表情法の実演をして見せてくれた。物を言わないで物を言うよりも多くを相手に伝えるこの西洋流のしぐさは、なんでもこくめいに言葉で言い現わしたがるドイツ人には珍
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