》した通俗科学的読み物がはなはだしく読者をあやまるという場合もしばしばあるであろう。それで、ただ一概に断片的な通俗科学はいかなる場合でも排斥すべきものであるかのような感を読者にいだかせるような所説に対しては、少なくも若干の付加修正を必要とするであろうと思われた。この機会についでながら付記しておく次第である。
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     一 腹の立つ元旦

 正月|元旦《がんたん》というときっときげんが悪くなって苦《にが》い顔をして家族一同にも暗い思いをさせる老人があった。それは温厚篤実をもって聞こえた人で世間ではだれ一人非難するもののないほどまじめな親切な老人であって、そうして朝晩に一度ずつ神棚《かみだな》の前に礼拝し、はるかに皇城の空を伏しおがまないと気の済まない人であった。それが年の始めのいちばんだいじな元旦の朝となると、きまってきげんが悪くなって、どうかすると煙草盆《たばこぼん》の灰吹きを煙管《きせる》の雁首《がんくび》で、いつもよりは耳だって強くたたくこともしばしばあった。
 その老人のむすこにはその理由がどうしてもわからなかったのであったが、それから二三十年たってそ
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