なために不思議と思われるのであって、今にこの方面の知識が進めば、これが不思議でもなんでもなくなるかもしれないのである。そういう日になってはじめて「黒焼き」の意義がその本体を現わすのではないかと想像される。
こんなことを長年考えていたのであるが、近ごろ大阪《おおさか》医科大学病理学教室の淡河《おうご》博士が「黒焼き」の効能に関する本格的な研究に着手し、ある黒焼きを家兎《いえうさぎ》に与えると血液の塩基度が増し諸機能が活発になるが、西洋流のいわゆる薬用炭にはそうした効果がないという結果を得たということが新聞で報ぜられた。自分の夢の実現される日が近づいたような喜びを感じないわけには行かない。
それにしてもいもりの黒焼きの効果だけは当分のところ、物理学化学生理学の領域を超越した幽遠の外野に属する研究題目であろうと思われる。もっとも蝶《ちょう》のある種類たとえば Amauris psyttalea の雄などはその尾部に備えた小さな袋から一種特別な細かい粉を振り落としながら雌《めす》の頭上を飛び回って、その粉の魅力によって雌《めす》の興奮を誘発するそうである。
百年の後を恐れる人には「いもり
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