隔てて相対している黒焼き屋であった。これは江戸名所図会にも載っている、あれの直接の後裔《こうえい》であるかどうかは知らないがともかくも昔の江戸の姿をしのばせる格好の目標であった。
なんでも片方が「本家」で片方が「元祖」だとか言って長い年月を鬩《せめ》ぎ合った歴史もあったという話を聞いたことがある。関東大震災にはたぶんあのへんも焼けたであろうが、つい先日電車であのへんを通るときに気をつけて見ると昔と同じ場所と思わるる所に二軒の黒焼き屋が依然として存在している。一軒は昔ふうの建築であり他の一軒は近代的洋風の店構えになっているのであるが、ともかくも付近に対して著しく異彩を放つ黒焼き屋であることには昔も変わりはないようである。
いったい黒焼きがほんとうに病気にきくだろうかという疑問が科学の学徒の間で問題に上ることがある。そういう場合に、科学者にいろいろの種類があることがよくわかる。
甲種の科学者は頭から黒焼きなんかきくものかと否定してかかる。蛇《へび》でもいもりでも焼いてしまえば結局炭と若干の灰分とになってしまうのだから、黒焼きがきくものなら消し炭を食ってもきくわけだ、とざっとこういうふ
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