なことをやる。そのときに足踏みならしてたぬきの歌う歌の文句が、「こいさ(今宵《こよい》の方言)お月夜で、お山踏み(たぶん山見分《やまけんぶん》の役人のことらしい)も来まいぞ」というので、そのあとに、なんとかなんとかで「ドンドコショ」というはやしがつくのである。それを伯母が節おもしろく「コーイーサー、(休止)、オーツキヨーデー、(休止)、オーヤマ、フーミモ、コーマイゾー」というふうに歌って聞かせた。それを聞いていると子供の自分の眼前には山ふところに落ち葉の散り敷いた冬木立ちのあき地に踊りの輪を描いて踊っているたぬきどもの姿がありあり見えるような気がして、滑稽《こっけい》なようで物すごいような、なんとも形容のできない夢幻的な気持ちでいっぱいになるのであった。
後年夏目先生の千駄木《せんだぎ》時代に自筆絵はがきのやりとりをしていたころ、ふと、この伯母《おば》のたぬきの踊りの話を思い出して、それをもじった絵はがきを先生に送った。ちょうど先生が「吾輩《わがはい》は猫《ねこ》である」を書いていた時だから、さっそくそれを利用されて作中の人物のいたずら書きと結びつけたのであった。
それはとにかく、
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