り醜くないような子をそろえている。それらのだいたい同じくらいの年ごろの女の子が皆同じ制服を着ているからちょっと見ると身長の差別と肉づきの相違ぐらいしか目につかないようである。
 制服というものはある意味では人間の個性を掩蔽《えんぺい》するものである。少し離れて見れば一隊の兵士は同じ鋳型でこしらえた鉛の兵隊のように見える。しかし食堂女給のような場合にもまた逆に服装が同一であるために個人の個性がかえって最も顕著に示揚されるようにも見える。清長《きよなが》型、国貞《くにさだ》型、ガルボ型、ディートリヒ型、入江《いりえ》型、夏川《なつかわ》型等いろいろさまざまな日本婦人に可能な容貌《ようぼう》の類型の標本を見学するには、こうした一様なユニフォームを着けた、そうしてまだ粉飾や媚態《びたい》によって自然を隠蔽《いんぺい》しない生地《きじ》の相貌《そうぼう》の収集され展観されている場所にしくものはないようである。
 容貌《ようぼう》のタイプということと美醜とは必ずしも一致しないようである。たとえばキャサリン・ヘプバーン型の美人と醜婦を一人ずつ捜し出すのなどははなはだ容易であろう。
 食堂の女給の制服は腕を露出したのが多い。必然の結果として食物を食卓に並べるとき露出された腕がわれわれの面前にさし出される。日本で女の子の腕を研究するのにこれほど適当な機会はまたとないであろうと思われる。
 美しい腕をもった子は存外少ないようである。応募者の試験委員たちの採点表中に容貌の条項はあっても腕の条項がないかもしれないが、少なくも食堂の場合には、これも一つのかなりの程度まで考慮さるべきアイテムとなるべきものかもしれない。
 器量のよくないので美しい腕の持ち主もある一方ではまた美しい顔とむしろ醜い腕との結合もあるようである。神の制作したものには浅はかな人間の概念的な一般化を許さないものがあるのである。
 食堂やあるいは電車の中などで、隣席の人のもっているステッキの種類特にその頭部の装飾を見ると、それに現われたその持ち主の趣味がたいていネクタイとか腕時計とか他の持ち物に反映しているように思われる。しかし神の取り合わせた顔と腕にはそうした簡単な相関はどうもないように見える。
 食堂の入り口をながめているとさまざまの人の群れが入り込んで来る中に、よくおかあさんとお嬢さんとの一対が見られる。そうして多くの場合おかあさんよりもお嬢さんのほうが背が高く、そうしていばっているような気がする。おかあさんのほうが下手に出て何か相談しかけるとお嬢さんのほうはふんふんと鼻であしらって高圧的に出る、そういったのがよく目につく。もし代々娘のほうが母親よりも身長が一割高くなると仮定すると七八代で二倍になる勘定である、そうなったらたいへんであるがしかしこれは現代の過渡期に特有な現象であろうかと思われる。

     五 百貨店の先祖

 百貨店の前身は勧工場《かんこうば》である。新橋《しんばし》や上野《うえの》や芝《しば》の勧工場より以前には竜《たつ》の口《くち》の勧工場というのがあって一度ぐらい両親につれられて行ったような茫《ぼう》とした記憶があるが、夢であったかもしれない。それはとにかく、その勧工場のもう一つ前の前身としては浅草《あさくさ》の仲見世《なかみせ》や奥山《おくやま》のようなものがあり、両国《りょうごく》の橋のたもとがあり、そうして所々の縁日の露店があったのだという気がする。田舎《いなか》では鎮守の祭りや市日の売店があった。西洋でもおそらく同様であったろうと想像される。ドイツやフランスの田舎の町の「市」の光景は実によく自分の子供のころの田舎の市のそれと似かよったものをもっていたようである。
 子供の時分にそうした市の露店で買ってもらった品々の中には少なくも今のわれわれの子供らの全く知らないようなものがいろいろあった。
 肉桂《にっけい》の根を束ねて赤い紙のバンドで巻いたものがあった。それを買ってもらってしゃぶったものである。チューインガムよりは刺激のある辛くて甘い特別な香味をもったものである。それから肉桂酒と称するが実は酒でもなんでもない肉桂汁《にっけいじゅう》に紅で色をつけたのを小さなひょうたん形のガラスびんに入れたものも当時のわれわれのためには天成の甘露であった。
 甘蔗《さとうきび》のひと節を短刀のごとく握り持ってその切っ先からかじりついてかみしめると少し青臭い甘い汁《しる》が舌にあふれた。竹羊羹《たけようかん》というのは青竹のひと節に黒砂糖入り水羊羹をつめて凝固させたものである。底に当たる節の隔壁に錐《きり》で小さな穴を明けておいて開いた口を吸うと羊羹の棒がなめらかに抜け出して来る、それを短く歯でかみ切って食う、残りの円筒形の羊羹はちょっと吹くとまた竹筒の底に落ち着
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