うに簡単に結論を下してしまう。
乙種の科学者は、そう簡単にも片付けてしまわない。しかし、問題がまだアカデミックな研究にかけるにはあまりになまなましくて、ちょっと手がつけられそうもないから、そういう問題はまずまず敬遠しておくほうがいいという用心深い態度を守って、格別の興味を示さない。
丙種の科学者になると、かえってこうした毛色の変わった問題に好奇的興味を感じ、そうして、人のまだ手を着けない題材の中に何かしら新しい大きな発見の可能性を予想していろいろ想像をめぐらし、何かしら独創的な研究の端緒をその中に物色しようとする。
この甲乙丙三種の定型はそれぞれに長所と短所をもっている。甲はうっかりにせ物に引っかかるような心配はほとんどない代わりに、どうかするとほんとうに価値のある新しいいいものを見のがす恐れがある。既知の真実を固守するにのみ忠実で未知の真実の可能性に盲目である。乙はアカデミックな科学の殿堂の細部の建設に貢献するには適しているが新しい科学の領土の開拓には適しない。丙は時として荊棘《けいきょく》の小道のかなたに広大な沃野《よくや》を発見する見込みがあるが、そのかわり不幸にして底なしの泥沼《どろぬま》に足を踏み込んだり、思わぬ陥穽《かんせい》にはまって憂《う》き目を見ることもある。三種の型のどれがいけないと言うわけではない。それぞれの型の学者が、それぞれの型に応じてその正当の使命を果たすことによって科学は進むのであろう。
それはとにかく、この三型を識別するための簡単で手近なメンタルテストの問題として「黒焼き」の問題が役立つのはおもしろい。
炭は炭でもそのコロイド的内部構造の相違によって物理的化学的作用には著しい差がある場合もあるから、蛇《へび》の黒焼きとたぬきの黒焼きで人体に対する効果がなにがしか違わないとは限らない。またわずかな含有灰分の相違が炭の効果に著しい差を生ずることも可能なのは他の膠質現象《こうしつげんしょう》から推して想像されなくはない。
臓器から製した薬剤の効果がその中に含有するきわめて微量な金属のためであって、その効果はその薬を焼いて食わせても変わらないらしいという説がある。しかし、それかと言ってその金属の粉をなめたのでは何もならない。ここに未知の大きな世界の暗示がある。
こうした不思議は畢竟《ひっきょう》コロイドというものの研究がまだ幼稚
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