更に事柄を簡単にするため、地殻の弱点はただ一箇所に止まり、地震が起るとせば必ずその点に起るものと仮定せん。且つまた第二次原因の作用は毫《ごう》も履歴効果を有せず、すなわち単に現在の状況のみによりて事柄が定まると仮定せん。かくのごとき理想的の場合においても地震の突発する「時刻」を予報する事はかなり困難なるべし。何となれば、この場合は前に述べし過飽和溶液の晶出のごとく、現象の発生は吾人の測知し得るマクロスコピックの状態よりは、むしろ吾人にとりては偶然なるミクロスコピックの状態に依りて定まると考えらるるが故なり。換言すればマクロスコピックなる原因の微分的変化は結果の有限なる変化を生ずるが故なり。この場合は重量を加えて糸を引き切る場合に類す。しかしともかくも歪みが増すに従って現象の発生を期待する公算の増加するは勿論にて、従って歪みがある程度に達するまでは現象は起らずと安心すべき根拠を与うべし。この場合に当り、時とともに現象の発生に対する期待の増加する状況を示す線が与えられたりとせよ。しかしてこの曲線の傾斜が甚だ緩やかにして十年二十年あるいは人間一代の間に著しき変化を示さぬごときものならば如何な
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