るべきか。この場合には箇々の人間にとりての予報の実用的価値は極めて少なかるべし。
 次に上の仮想的の場合において現象の発生する時期がある程度まで知られたりと仮定せよ。この場合に起る地震の強弱の度を如何ほどまで予知し得べきか。単に糸を引き切る場合ならば簡単なれども、地殻のごとき場合には破壊の起り方には種々の等級あるべし。破壊がただ一回に終らず、数回の段階的変化によるとすれば、これらの推移中に歪みの変化は複雑に起り、場合によりては毎回地震の強度は微弱なる事もあるべく、また時にはその中に強震を生ずる事もあるべし。かくのごとき差別が偶然的局部的の異同に支配さるるとせば、広区域にわたるマクロスコピックの平均状態を知るのみにては信憑《しんぴょう》すべき実用的の予報は不可能に近し。
 上記のごとき地殻の弱点が一箇所に止まらず、多数に分布されいる場合には更に困難なり。この場合には第一にこれらの分布を知り、またすべての弱点に対する歪みの限界値を知り、同時にすべての弱点における歪みの刻々の現状を知るを要す。仮りにこれらが知られたりとするも、多数の弱点が同時に不安定に近づく時、そのいずれが先ず変化を始むべき
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