を一度完全にスクリーンの上の人物の内部へ引き入れてしまわなければならない。換言すれば観客を画中人物のまぶたの内側へ入れてしまわなければせっかくの技巧が意味をなさないことになる。しかし映画監督がそういう魔術を日常駆使しているのは周知の事実であろう。
 トーキー製作の監督者は、要するに人間の目と耳とを品玉とする魔術師である。従ってこれらの感官に関する充分な分析的な研究を基礎としてその上に彼らの芸術を最も有効に建設すべきであろうと思う。
 匆卒《そうそつ》の間に筆を執ったためにはなはだ不秩序で蕪雑《ぶざつ》な随感録になってしまったが、トーキーの研究者に多少でも参考になることができたら大幸である。もし他日機会があったら、もう少し系統的にこれらの問題を考究してみたいという希望をもっている。
[#地から2字上げ](昭和八年五月、映画評論)



底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店
   1961(昭和36)年4月7日第1刷発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
   1985(昭和60)年
初出:「映画評論」
   1933(昭和8)年5月1日
※初出時の署名は「吉村冬彦」です。

前へ 次へ
全10ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング