なやかな照明をながめた。煤煙《ばいえん》にとざされた大都市の空に銀河は見えない代わりに、地上には金色の光の飛瀑《ひばく》が空中に倒懸していた。それから楼を下って街路へおりて見ると、なるほどきょうは盆の十三日で昔ながらの草市が立っている。
 真菰《まこも》の精霊棚《しょうりょうだな》、蓮花《れんげ》の形をした燈籠《とうろう》、蓮《はす》の葉やほおずきなどはもちろん、珍しくも蒲《がま》の穂や、紅《べに》の花殻《はながら》などを売る露店が、この昭和八年の銀座のいつもの正常の露店の間に交じって言葉どおりに異彩を放っていた。手甲《てっこう》、脚絆《きゃはん》、たすきがけで、頭に白い手ぬぐいをかぶった村嬢の売り子も、このウルトラモダーンな現代女性の横行する銀座で見ると、まるで星の世界から天降《あまくだ》った天津乙女《あまつおとめ》のように美しく見られた。
 子供の時分に、郷里の門前を流れる川が城山のふもとで急に曲がったあたりの、流れのよどみに一むらの蒲《がま》が生《お》い茂っていた。炎天のもとに煮えるような深い泥《どろ》を踏み分けては、よくこの蒲の穂を取りに行ったものである。それからというものは、
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