ようにそこに螺旋溝《らせんこう》が深く掘り込まれていた。昔の木工がよくもこうした螺旋《らせん》を切ったものだとちょっと不思議なようにも思われる。もっともこのかみ合わせがかなりぎしぎしときしるので、その減摩油としては行燈《あんどん》のともし油を綿切れに浸《し》ませて時々急所急所に塗りつけていた。それで取っ手を回すと同じリズムでキュル/\/\と一種特別な轢音《れきおん》を立てるのであった。「みくり」を通過して平たくひしゃげた綿の断片には種子の皮の色素が薄紫の線条となってほのかに付着していたと思う。
 こうして種子を除いた綿を集めて綿打ちを業とするものの家に送り、そこで糸車にかけるように仕上げしてもらう。この綿打ち作業は一度も見たことはないが、話に聞いたところでは、鯨の筋を張った弓の弦で綿の小団塊を根気よくたたいてたたきほごしてその繊維を一度空中に飛散させ、それを沈積させて薄膜状としたのを、巻き紙を巻くように巻いて円筒状とするのだそうである。そうしてできた綿の円筒が糸車にかけて紡がれるわけである。  
 田舎道《いなかみち》を歩いていると道わきの農家の納屋の二階のような所から、この綿弓の弦の
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