がこれをたしかめようと思って実験したがどうしても見えなかった。それから十二年後になって、ある日ひょいとニコルをのぞいて見たらただの一ぺんでこれが見つかったそうである。人により、時によりこれの見え方に異同のあるのも事実らしい。
 これは眼底網膜の一部が偏光で照らされた時に生じる主観的生理的現象である。「幽霊」などと似たところもあるが、それよりはもう少し普遍的な存在である。
 これとは全く縁のないことではあるが、時代思想の「かたより光線」で照らされた多数の人の心の目にきわめてはっきり見える主観的生理的影像が、為政者や教育者の目に見えないことがあると、いろいろな重大な騒ぎが起こったりする。昔からの思想争闘弾圧史はみんなそれから来ている。ある時はまたXの方向に振動する偏光を見ている一派と、Yの方向に振動する偏光を見ている他の一派とがけんかをする。言う事が直角だけちがう。しかし、ちょっとニコルを回してみれば敵の言いぶんは了解されよう。かたよらぬ自然光で照らせば妙なブラッシの幽霊などは忽然《こつぜん》と消滅するであろう。「心境の変化」で左翼が右翼にまた右翼が左翼に「転向」するのも、畢竟《ひっきょう
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