の友だちと話をしながら帰って来ていたのであったらしい。それにかかわらずその間数十分、あるいは一二時間の間の記憶が実にきれいに消えてしまっていたのである。それから宅《うち》へ帰っても、しかられるのがこわいから、この事は両親にもだれにも話さないでいた。考えてみると実に危険なことであった。
こういう場合に対する上記のT博士のいったような注意は、万人が万人日常よくよく心得ていなければならないはずであるのに、今度という今度までついぞ一度も聞いた記憶も読んだ覚えもない。学校でも教わったかもしれないが、教わらなかったような気がするし、また新聞雑誌などではとかく役にも立たない事や悪い事ばかり教わっても、この大切な事だけはどうも教わらなかったような気がする。教育が悪かったのか、自分の心がけが悪かったのか、両方が悪かったかである。こんなだいじなことは学校でも新聞でも三日に一ぺんずつ繰り返して教えていいかと思う。
天佑《てんゆう》と名医の技術によって幸いに子供は無事に回復した。骨の折れたのも完全に元のとおりになるのだそうである。
鎖骨というものはこういう場合に折れるためにできているのだそうである。これ
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