うてやはり不精だから仕方がない。あのくらいの天才を抱きながら終《つい》に不折の熱心に勝を譲るかも知れぬなど話しているうち上野からの汽車が隣の植込の向うをごん/\と通った。隣の庭の折戸の上に烏《からす》が三羽下りてガー/\となく。夕日が疊の半分ほど這入って来た。不折の一番得意で他に及ぶ者のないのは『日本』に連載するような意匠画でこれこそ他に類がない。配合の巧みな事材料の豊富なのには驚いてしまう。例えば犬百題など云う難題でも何処《どこ》かから材料を引っぱり出して来て苦もなく拵《こしら》える。いったい無学と云ってよい男であるからこれはきっと僕等がいろんな入智恵をするのだと思う人があるようだが中々そんな事ではない。僕等が夢にも知らぬような事が沢山あって一々説明を聞いてようやく合点《がてん》が行くくらいである。どうも奇態な男だ。先達《せんだっ》て『日本』新聞に掲げた古瓦の画などは最も得意でまた実際|真似《まね》は出来ぬ。あの瓦の形を近頃|秀真《ほずま》と云う美術学校の人が鋳物《いもの》にして茶托《ちゃたく》にこしらえた。そいつが出来損なったのを僕が貰うてあるから見せようとて見せてくれた。十五枚の
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