休みと見えて門が締まっているようであったから博物館の方へそれて杉林の中へ這入《はい》った。鞦韆《ぶらんこ》に四、五人子供が集まって騒いでいる。ふり返って見ると動物園の門に田舎者らしい老人と小僧と見えるのが立って掛札を見ている。其処《そこ》へ美術学校の方から車が二台|幌《ほろ》をかけたのが出て来たがこれもそこへ止って何か云うている様子であったがやがてまた勧工場《かんこうば》の方へ引いて行った。自分も陳列所前の砂道を横切って向いの杉林に這入るとパノラマ館の前でやっている楽隊が面白そうに聞えたからつい其方《そちら》へ足が向いたが丁度その前まで行くと一切《ひとき》り済んだのであろうぴたりと止《や》めてしまって楽手は煙草などふかしてじろ/\見物の顔を見ている。後ろへ廻って見ると小さな杉が十本くらいある下に石の観音がころがっている。何々|大姉《だいし》と刻してある。真逆《まさか》に墓表《ぼひょう》とは見えずまた墓地でもないのを見るとなんでもこれは其処《そこ》で情夫に殺された女か何かの供養に立てたのではあるまいかなど凄涼《せいりょう》な感に打たれて其処を去り、館の裏手へ廻ると坂の上に三十くらいの女と
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