屋《とりごや》の片すみの檻《おり》に養っている。それを時おり池へ連れて来ては遊泳の練習をさせている。もう少し大きくなったら放養するのだという。みずすましとちがってあひるの成長はなかなか骨が折れるのである。
うちの子供らがあひるを慣らしているのを見て、今まではいっこうにあひるに対する興味がないか、あるいは追い回す以外の可能性を考えなかった近所の子供たちも、とんぼをつかまえて来たりあき鑵《かん》にいっぱいいなごを取ってはあひるに食わせることを覚えて来た。
ある日大きな芋虫が路上をはっているのを、子供らが見つけて池の中へ投げ込んだら、あひるは始めのうちは見るには見ても、それが食物になるという事に気がつかないのか、いっこう無頓着《むとんちゃく》なように見えたが、しばらくしてから気がついてついばんではみたものの、長さ二寸ほどな大芋虫であるから咽喉《のど》につかえて容易に飲み込めない。それでも結局はどうにかして嚥下《えんか》してしまった。
この数日の間にあひるの生活にはずいぶん大きな変化があったが、しかしその変化が結局あひるのために有利であるかどうかはわからない。われわれ人間はただ自分たちの
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