享楽と満足のために、かわいがるつもりで知らず知らずあひるに不自然な生活を強制している。しかし、こうして人間に慣れ過ぎて水を離れた陸上をうろついていると、いつかはまたどこかの飼い犬か以前の黒犬かが来て一口にかみ殺すようなことになるかもしれない。そういう機会を多くするようにわれわれ人間が仕組んでいるのではないかという疑いも起こって来る。やはり陸《おか》へ上がっているあひるは蹴飛《けと》ばしなぐりつけて池の中へ追い込んでやるのが正当であるかもしれない。人間の子供でも時々いじめ苦しめ、かついだりだましたりするのがかえって現実の世の中に生きて行く道を授けることにならないとも限らないのである。飲んだくれの父の子に麒麟児《きりんじ》が生《お》い立ち、人格者のむすこにのらくらができあがるのも、あるいはこのへんの消息を物語るのかもしれない。
 盆踊りなども、青年男女を浮世の風にあてるという意味で学校などというものより以上に人間の教育に必要な生きた教育機関であるかもしれないのである。
[#地から3字上げ](昭和八年十月、中央公論)



底本:「寺田寅彦随筆集 第四巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
  
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