枯菊の影
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)もう一遍《いっぺん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)朝|一遍《いっぺん》田を見廻って、

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)附け焼刃はせぬ/\と思い
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 少し肺炎の徴候が見えるようだからよく御注意なさい、いずれ今夜もう一遍《いっぺん》見に来ますからと云い置いて医者は帰ってしまった。
 妻は枕元の火鉢の傍で縫いかけの子供の春着を膝へのせたまま、向うの唐紙《からかみ》の更紗《さらさ》模様をボンヤリ見詰めて何か考えていたが、思い出したように、針を動かし始める。唐縮緬《とうちりめん》の三《み》つ身《み》の袖には咲き乱れた春の花車が染め出されている。嬢やはと聞くと、さっきから昼寝と答えたきり、元の無言に帰る。火鉢の鉄瓶の単調なかすかな音を立てているのだけが、何だか心強いような感じを起させる。眼瞼《まぶた》に蔽いかかって来る氷袋を直しながら、障子のガラス越しに小春の空
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