が、何になる積りだか、そんな事はまだ考えていなかった。もし考えたら何もなるものが無くて困ったかも知れぬ。官吏はどうかと云った人もあったが、役人と云うものは始めから嫌《いや》だった。訳もわからないで無暗《むやみ》に威張り散らすのが御役人だと思っていた。郵便局の雇《やとい》や、税務署の受附などに、時おり権突《けんつく》を食わせられる度に、ますます厭《いや》になった。それから軍人も嫌であった。その頃始めて国の聨隊が出来て、兵隊や将校の姿が物珍しく、剣や勲章の目につくうちは好かったが、だんだん厭な事が子供の目に見えて来た。日曜に村の煮売屋などの二階から、大勢兵隊が赤い顔を出して、近辺の娘でも下を通りかかると、好的好的《ホオテホオテ》などと冷かしたり、グズグズに酔って二、三人も手を引き合うて狭い田舎道を傍若無人に歩いたりするのが、非常に不愉快な感じを起させた。兵隊はいやなものでも、将校と云うものはいいものだろうと思っていたが、いつか練兵場で練兵するのを見ていたら、若い将校が一人の兵隊をつかまえて、何か声高に罵《のの》しっていた。その言葉使いの野卑で憎らしかったには、傍で聞いている子供心にもカッと
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