の類であり、毛唐人《けとうじん》の仲間である。この「ヤ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ナ」が「野蛮」に通じまた「野暮《やぼ》な」に通ずるところに妙味がないとは言われない。
またこの「毛唐」がギリシアの「海の化けもの」〔ke`tos〕 に通じ、「けだもの」、「気疎《けうと》い」にも縁がなくはない。
話は変わるが二三日前若い人たちと夕食をくったとき「スキ焼き」の語原だと言って某新聞に載っていた記事が話題にのぼった。維新前牛肉など食うのは禁物であるからこっそり畑へ出てたき火をする。そうして肉片を鋤《すき》の鉄板上に載せたのを火上にかざし、じわじわ焼いて食ったというのである。こういうあんまりうま過ぎるのはたいていうそに決まっていると言って皆で笑った。そのときの一説に「すき」は steak だろうというのがあった。日本人は子音の重なるのは不得意だから st[#「st」は縦中横] がsになることは可能である。漆喰《しっくい》が stucco と兄弟だとすると、この説にも一顧の価値があるかもしれない。ついでに (Skt.)jval は「燃える」である。「じわりじわり」に通じる。
なすの「しぎ焼き」の「しぎ」にもいろいろこじつけがあるが、「しき」と変えてみると、結局「すき」と同じでないかという疑いが起こる。
steak はアイスランディックの steik と親類らしいが「ひたきのおきな」の「ひたき」を「したき」となまると似て来るからおもしろい。「焚《た》」くは (Skt.)dah に通ずるがこのほうはよほどもっともらしい。(Ice.)steik は steka と親類で英語の stick すなわちステッキと関係があり、串《くし》に刺して火にあぶる「串焼き」であったらしい。このステッキがドイツの stechen につながるとすると今度は「突く」「つつく」が steik に近づいて来るし、また後者と「鋤《す》く」ともおのずからいくぶんの縁故を生じて来るのである。
こんな物ずきな比較は現在の言語学の領域とは没交渉な仕事である。しかし上述のいろいろな不思議な事実はやはり不思議な事実であってその事実は科学的説明を要求する。どれもこれもことごとく偶然の現象だとして片付ける前にともかくも何かしら合理的な方法のふるいにかけて吟味しなければならない。しかし従来のように言語の進化をただ一次元的、線的のもののように考えるあまりに単純な基礎仮定から出発した言語学ではこの問題は説明される見込みはない。たとえば自分がかつて提議したような統計的方法でも、少なくも一つの試みとして試みなければならないと思う。上記の諸例はそういう方法を試みるであろう場合に必要な非常に多量な材料の中の二三の例として数えられるべきものであろうと思う。
もし許さるるならば、時々こういう材料の断片を当誌の余白を借りて後日のために記録しておきたいと思う。[#地から2字上げ](昭和七年十二月、鉄塔)
二
錨《いかり》と怒《いか》り、いずれも「イカリ」である。ところが英語の anchor と anger が、日本人から見ればやはり互いに似ている。「アンカー」と「アンガー」である。
anchor はラチンの anchara でまたギリシアのアンキユラで「曲がった鈎《かぎ》」であり、従ってまた英の angle とも関係しているらしい。ペルシアでは 〔la_ngar〕 である。サンスクリトの 〔la_ngala〕 は鋤《すき》であるがしかし錨のような意味もあるらしい。同時に membrum virile の意味もある。ロシアの錨はヤーコリである。こうなるとよほど日本語に接近する。「イカリ」はまた「いくり」にも似ている。
anger はアイスランドの 〔a&ngr〕 やLの angor などのような「憂苦」を意味する言葉と関係があるそうで、一方ではまたスウェーデンの「悔恨」を意味する 〔a&nger〕 に通ずる。このオンゲルは「オコル」に似ている。
怒りを意味する choler はギリシアの胆汁《たんじゅう》のコレーから来ているそうで、コレラや gall や yellow なども縁があるそうである。イカリのイが単に発語だと仮定するとこれがやはり似通《にかよ》って来るからおもしろい。ギリシアのカレポス、オルギロス、アグリオスいずれにしてもkまたはgの次にlまたはrの音がつづいて来るのがおもしろい。
ロシアではgがhに通ずる。日本ではhがfに通ずる。それでgrの代わりにfrを取ってみると英国の激怒 fury, Lの furia, furere に対する。
九州へんではdがrに通ずる。そこで、grの代わりにgdを取ってみると、アラビアの動詞 ghadiba(怒り)の中に見いださ
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