Nラ」のついたのの多い事を注意すべきである。「丘陵」もkとrである。
一方ではまた露語でgがhに代用されまた時にvのように発音されることから見ると、フィン語の山 vuori やチェック語の hora が同じものになるし、hが消えたりvが母音化するとギリシアの oro や蒙古《もうこ》の oola も一つになって来る。またヘブライの山 har も親類になって来るから妙である。
ドイツの Berg はだいぶちがうが、しかしgを流動的にし、bをvにすればフィン語に接近し、bを唇音《しんおん》の m へ導けばタミール語の malai に似て来る。後者は「盛り土」の「盛り」に似る。日本で山の名に「モリ」の多いのが、みんな「森」の意だかどうかわからない。
ラテン系の mons, monte, montagne, mountain 等は明白な一群を形成していて上記とは縁が遠く見える。これに似た日本語はちょっと思い出せない。無理に持って来れば饅頭《まんじゅう》が mound に似ている、これはおかしい。
ハンガリア語の山 hegy(ハヂ)が「飛騨《ひだ》」に似ているのが妙である。このgはむしろdに似た音であるから。日本語「ひたを」は小山の意である。
ペルシア語の小山 kuh(クフ)は「丘《きゅう》」や「岡《こう》」に縁がある。アイヌの「コム」もやや似ている。この「コム」は小山であり、また瘤《こぶ》である。すなわちmをbに代えたのが日本語の「こぶ」である。これと多少の縁のあるのが英語の knob, hump, hummock, ドイツの Knopf, Knauf などである。その他「瘤」の仲間にはマレイの gmbal, ロシアの gorb, ズールーの kuhan, ハンガリアの 〔gomb, csomo'〕 等である。
オロチは「丘の霊」だとの説がある。「オ」は「丘」で「ロ」は接尾語だということである。この「オロ」がギリシア語や蒙古語《もうこご》の山とそっくりなのがおもしろい。
「ムレ」は山の古語だそうであるが、これは上記タミール語の malai に少し似ている。朝鮮のモイよりもこのほうが近い。また前述の理由からドイツ語やフィン語とも音声的に縁がある。
毎回断っているとおり、相似の事実を指摘するだけで、なんらの因果関係を付会するつもりはないから誤解のないように願いたい。
[#地から2字上げ](昭和八年七月、鉄塔)
四
「ウミ」(海)のヘブライ語が 〔ya_m〕 である。「ヨミノクニ」は黄泉でもあるがまた「海」だとの説もあったように思う。この「ヤーム」が「ウミ」よりもむしろ「ヤマ」に似ているのがおもしろい。西グリンランドのエスキモーの言葉 imaq は海で imeq は水である。qはいろいろに変化するから ima, ime が「ウミ」であり水である。英語の humid(水けある)の終わりのdをとれば「ウミ」に近くなり、第二|綴字《てつじ》だけだと「ミヅ」になる。
英の sea はチュートンの 〔sae&〕 から来たとある。saiwiz も連関している。これが「ウシホ」(ウシオ)の「シオ」と少しは似ている。
「ワダツミ」「ワダノハラ」の「ワダ」は water や露の voda やその他同類の水を意味する言葉と類し、また「ワタル」という意味の wade(L. vadere) および関係の諸語と似ている。梵語《ぼんご》 udadhi(海)が単数四格で終わりにmがつけば「ワダツミ」に近づく。
「オキ」(沖)はギリシア「オーケアノス」の頭部に似る。
「カタ」(潟)はタミール語の海 kadal に近い。
朝鮮のパーターはやはり「ワタ」の群に入れ得られよう。
「ナダ」は梵語の川 nadi に似ている。
「カハ」(川、河、カワ)は「河《ホー》」と実際に縁がありそうである。その他にはシンハリースの ganga(川)とわずかばかり似るだけで、他にちょっと相手が見つからない。
「ナガレ」はもちろん「流れ」であるが、ある人の話では「ナガ」は「長」で「ルル」が「流」であろうとの事である。これを「リウ」と読むとギリシアの「レオ」(流れる)と近い。
トルコの「ネフル nehr」(川)はhを例のgにすると、「ナガレ」に近よる。
朝鮮の「ナイ」(川)とアイヌの「ナイ」(川、谷)はそっくりであることから見ると日本内地でも同じ言葉で川を意味する地名がありそうに思う。
土佐に奈半利《なはり》川と伊尾木《いおき》川とが並んでいる。おもしろいことには、アラビア語の川は「ナフル」、ヘブライのが「ナハル」「ナーバール」等。フィン語の川は yoki 「ヨキ」である。もちろん、直接の縁があろうとは思われぬ。また上記の川名も川の名が先か土地の名が先か、それもわから
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