一心に下を覗き込んでいた。そういう人達の顔を見ると、下にはかなり真面目な重大な事柄が進行しているという事が分るような気がした。
 入口を這入る時から、下の方で何だか恐ろしく大きな声で咆哮《ほうこう》している人がある事に気が付いていたが、席が定まってからよく見ると、それは正面の高い壇の中壇のような処に立って何事か演説している人の声であった。どういう事が問題になっているのか、肝心の事は分らなかったが、何でも議長が何かをどうかして、それからどうとかすべきはずなのを、そうしなかったのが不都合だと云って攻撃しているようであった。この人の出し得る極度の大きな声を出しているという事は、その顔色が紫がかる程に赤く光沢を帯びて、眼球が飛び出しそうな程に眼を見開いている事からもおおよそ察せられた。
 壇に向かって後ろ上がりに何列となく並んだ椅子の列には、色々の服装をした、色々の年輩の議員達の色々の頭顱《とうろ》が並んでいた。私は意外に空席がかなりに多い事を不思議に思った。
 壇上の人が何かいう度《たび》に、向かって右の方と左の方の椅子の列から拍手をしたり、何か分らぬ事を云ってはやし立てる人がいた。中央の列
前へ 次へ
全8ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング