原理の生命を吹き込まれただけで忽然《こつぜん》として「生きて」来る。そうしてなめらかな泥汁にぬれた土の肌《はだ》も見る見る生き生きとした光沢を帯びて来るのである。次には、この土塊の円筒の頂上へ握りこぶしをぐうっと押し込むと、筒の頭が開いて内にはがらんとした空洞《くうどう》ができ、そうしてそれが次第に内部へ広がると同時に、胴体の側面が静かにふくれ出してどうやら壺《つぼ》らしいものの形が展開されて行くのである。それから壺の口縁の所のやや細かい形のモデリングが始まるのであったが、そうそういつまでも見ている暇がなかったから、そこまでで残念ながら割愛して帰って来たのであった。帰りの電車に揺られながらも、この一団のきたない粘土の死塊が陶工の手にかかるとまるで生き物のように生長し発育して行く不思議な光景を幾度となく頭の中で繰り返し繰り返し思い起こしては感嘆するのであった。
 人間その他多くの動物の胚子《はいし》は始めは球形である。そうして、その一方が凹入《おうにゅう》して壺形になるのが発生の第一階段である。粘土のかたまりから壺にできて行くのは外見上いくらかこれと似た過程であるが、しかし生物の胚子の場
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