の頭が現象の中へはいり込んで現象と歩調を保ちつついっしょに卍巴《まんじともえ》と駆けめぐらなければ動いているものはつかまえられない。
実験や観測でなくて純粋な理論的の考察であっても、一つの指導的なイデーが頭に浮かぶのは時としては瞬間的であって、そうして、かろうじて意識の水平線の上に現われるか現われないかという場合がある。それをうっかりしていると取り逃がしてしまって、再びはなかなか返って来ない事があるであろう。これを即座に捕え仕留めるのはやはり一種の早わざである。人間の頭の働き方はやはり天然現象に似た非再起的なトランシェントな経過をとる場合が多い。数学のような論理的な連鎖を追究する場合ですらも、漠然《ばくぜん》とした予想の霧の中から正しい真を抽出するには、やはりとぎすました解剖刀のねらいすました早わざが必要であろう。居眠りしながら歩いていたのでは国道でも田んぼへ落ちることなしに目的地へは行かれまい。
実験科学では同じ実験を繰り返すことができるからまだいいとしても、天然現象を対象とする科学では、一度取り逃がした現象にいつまためぐり会われるかもわからないという場合がはなはだ多い。そういう
前へ
次へ
全23ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング