げんよく元気に働いている期間にすっかり先生の頭の中の原動力を認識し摂取してわが物にしてしまう。そうして一本立ちになるが早いかすぐに自分の創作に取りかかる。これに反して先生が自分の仕事を横取りしたといって泣き言を言うような弟子が一本立ちになって立派な独創力を発揮する場合はわりに少ないようである。これは当然のことであろう。
 以上とはまた反対の場合もたくさんある。陶工が凡庸であるためにせっかく優良な陶土を使いながらまるで役に立たない無様《ぶざま》な廃物に等しい代物《しろもの》をこね上げることはかなりにしばしばある。これでは全く素材がかわいそうである。しかし学問の場合においては、いい素材というものは一度掘り出されればいつかは名工に見いだされて立派なものに造り上げられるもののように思われる。古い話ではあるがティコ・ブラーヘの天体観測の結果は、幾度か非科学的な占筮《せんぜい》の用にも供せられたのであろうが、結局は名工ケプレルの手によって整然たる太陽系の模型の製作に使われた。ニュートンはまたこのケプレルの作ったものを素材として、さらに偉大な彼の力学体系を建設した。これと同様な例をあげれば限りはない
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