界の事を相手が全部知っているという仮定を置いての話であるからわかりにくいのであった。
 むすこのSちゃんに連れられては京橋《きょうばし》近い東裏通りの寄席《よせ》へ行った。暑いころの昼席だと聴衆はほんの四五人ぐらいのこともあった。くりくり坊主の桃川如燕《ももかわじょえん》が張り扇で元亀《げんき》天正《てんしょう》の武将の勇姿をたたき出している間に、手ぬぐい浴衣《ゆかた》に三尺帯の遊び人が肱枕《ひじまくら》で寝そべって、小さな桶形《おけがた》の容器の中から鮓《すし》をつまんでいたりした。西裏通りへんの別の寄席《よせ》へも行った。伊藤痴遊《いとうちゆう》であったかと思う、若いのに漆黒の頬髯《ほおひげ》をはやした新講談師が、維新時代の実歴談を話して聞かせているうちに、偶然自分と同姓の人物の話が出て来た。Sが笑い出したら、講談師も気がついたか自分の顔ばかり見ながらにやにやして話をつづけた。
 銀座《ぎんざ》の西裏通りで、今のジャーマンベーカリの向かいあたりの銭湯へはいりに行っていた。今あるのと同じかどうかはわからない。芸者がよく出入りしていた。首だけまっ白に塗ってあごから上の顔面は黄色ないしは
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