いことである。
ウエルズの空想小説に、今から何百年後の世界を描いたものがある。その世界では現在あるような活字で印刷した書物の代りに映画のフィルムのようなものが出来ていて、書庫の棚にはその巻物がぎっしり詰っている。小説でも歴史の本でも皆そういう巻物になっていて、それを机上の器械にはめてボタンを押すとその内容が器械のスクリーンの上に映写されて出て来るというのである。これは極端な空想であってすべての書物がことごとくそういう映画で代表されようとは考えられない。例えば抽象的な論理学の書物に代用されるような映画フィルムを作ることは不可能でないまでも、現在のところでは甚だ困難な仕事である。しかしこの空想は未来における映画の応用の可能性の広大なことを暗示するものとしての価値は十分にあるであろう。
文字を読んでそれが表わす内容を頭脳に描き、そうしてそれを次に来る文字の内容とつなぎ合せて一つの文章の意味を理解する。この過程と、映画の一つ一つのカットの連続を見てその一つのシーンの内容を理解する過程とは大体において同じようなものである。映画の製作者はつまり文字の代りにフィルムの断片で文章をかいて、吾々はそ
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