の暗示のどれでも追求して行くとほとんど無限な思索の連鎖をたぐり寄せる事ができた。そしてそれらの考えがほとんど天啓ででもあるように強く明らかに、無条件に真であって、しかもいずれもが新しい卓見ででもあるように彼には思われた。新聞の三面記事を読んでいる時でさえ時々電光のひらめくようにそのような考えが浮かんだりした。そんな時には手帳の端へ暗号のような言葉でその考えの端緒を書き止めたりしていた。しかしそのような状態はいつまでも持続するわけではなくて、これと反対な倦怠《けんたい》の状態も週期的に循環して来た。そういう時には何を読んでも空虚であった。そこに書いてある表面の意味をとらえる事すら困難であった。そうした時に手帳をあけて自分の書いてある暗号のようなものを見ると、ほとんどなんの意味をも成さない囈語《たわごと》でなければ、きわめて月並みないやみな感想に過ぎなかった。どうしてこんなつまらない考えがあれほどに自分を興奮させたか不思議に思われるのであった。それでひょっとすると自分は一種の誇大妄想狂《こだいもうそうきょう》に襲われているのではないかと思って不安を感じる事もあった。そういう時の彼はみじめな
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