君を思い出すのである。P君はこれらの言語を見るか聞くか――特にある人たちの口からこれを聞く場合には反射的に直ちに非常に醜悪な罪とけがれを連想するそうである。自分は充分にその異常《アブノーマル》な心持ちをくみとる事はできないが、ただ昔の宗教革命者などという人の内には存外P君のような型の人があったのではないかという気がしているだけである。
 この書棚の次には美術に関した書物がある。たいてい版が大きくて値段も高い。自分はここへ来た時によく余分な銭がほしいと思う事がある。この棚の前には安い小さい美術書を並べた台がある。ここで自分は時々買い物をするが、そのたびにいつでも店員の中のあるものが一種の疑いの目をもって自分を注目しているような気がしたり、あるいは自分の美術に対する嗜好《しこう》に同情をもっていないらしいある人たちのだれかが、不意に自分の肩をたたいて「相変わらずやってるね」とあびせかけられはしないかという気がする。いつかクルイクシャンクの評伝を買った時に、そばに立っていた年少の店員が「クルイクシャンク/\」と言ってクスクス笑った。その時自分はなぜか顔面が急にほてるような気がした。この少年は
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