しまった。
今までにずいぶんいろいろむつかしい事も教わったが、銭というものほど意味のわかりにくいものに出逢ったためしはないようである。[#地から1字上げ](昭和十年五月、渋柿)
[#改ページ]
曙町より(二十五)
六月九日の日曜に家族連れで上野精養軒の藤棚の下へ昼飯を食いに行った。隣のテーブルにも家族づれの客が多い。小さな子供のいる食卓の上には子供の数だけのゴム風船が浮游《ふゆう》している。うちの子供らも昔はよくこうした所で風船をもらった時代があったが、今はもうみんなおとなになってしまって今日は新しい夏着夏帽夏化粧である。蓄音機のダイナミックコーンからはジャズや流行小唄《はやりこうた》が飛び出しておりからの鐘楼の時の鐘の声に和している。藤棚の下には中央の噴水をめぐりビーチパラソルの間をくぐってさわやかな初夏の風が吹いている。妙に昔のことが想い出される。
精養軒の玄関にボーイが一人立って人待ち顔に入り口のほうをながめている。このボーイはここではもうずいぶん古い古参である。自分など覚えてからこのかたずっと勤続しているようである。今の世にこういう何十年一日のごとき人を見ると
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