それが神をあがめ慰めるだけでなく、それによって何か難事を遂げさせてもらうための先払いの報酬のような意味で神々にささげる事もあったとすれば、結局は人柱と同じことになるのではないかと思う。
同じ書物にまた次のような話もある。
あまり評判のよくないほうで有名なローマの最後の王様タルキヌスがほうぼうで攻め落とした敵の市街からの奪掠物で寺院を建てた。そのときに敷地の土台を掘り返していたら人間の頭蓋骨が一つ出て来た。しかし人々はこれこそこの場所が世界の主都となる瑞兆《ずいちょう》であるということを信じて疑わなかったとある。われわれの現在の考え方だと、これはなんだかむしろ薄気味の悪い凶兆のように思われるのに、当時のローマ人がこれを主都のかための土台石のように感じたのだとすると、その考え方の中にはどこかやはり「人柱」の習俗の根柢《こんてい》に横たわる思想とおのずから相通ずるものがあるような気がする。
以上偶然読書中に見つけたから安倍君の驥尾《きび》に付して備忘のために誌《しる》しておくことにした。[#地から1字上げ](昭和十年三月、渋柿)
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曙町より(二十四)
ある大
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