装身具を見て歩くことがある。コートとか帯とか束髪用の櫛《くし》とか、そういうものを見るときに、なんだか不思議なさびしさを感じることがある。自分の二人の娘は当人たちの好みで洋服だけしか着ない。髪も断髪であるから、こういう装身具に用はないのである。
 しかし、それなら、もしも娘たちが和服も時々は着て、そうして髪も時々は島田にでも結うのであったら、父なる自分ははたしてこれらの装身具をどれだけ喜んで買ってやることができるであろうか。こう考えてみると、さらにいっそうさびしい想いがするのである。[#地から1字上げ](昭和八年四月、渋柿)
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   曙町より(十四)


 三越新館に熱帯魚の展覧会があった。水を入れたガラス函《ばこ》がいくつも並んでいる。底に少しばかり砂を入れていろいろ藻《も》が植えてある。よく見ると小さな魚がその藻草の林間を逍遥《しょうよう》している。瑪瑙《めのう》で作ったような三分《ぶ》ぐらいの魚もある。碧瑠璃《へきるり》で刻んだようなのもいる。紫水晶でこしらえたようなのもある。それらの小さな魚を注意して仔細《しさい》に観察していると魚がとりどりに大きく見えて来る。
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