帰省中であったのが、親父《おやじ》からいくらかもらって、ややふところを暖かくして出京したばかりらしいから、どちらか一冊ぐらいは買うかな、と思って見ていたが、とうとう失敬して行き過ぎてしまった。
もっとも、あるいはそれからまたもう一遍立ち帰ったかどうか、そこまでは見届けないからわからない。
それはどうでもいいが、とにかく安倍君というものと、自分というものとが、このかわいい学生の謙譲なる購買力の前で、立派な商売敵《しょうばいがたき》となって対立していた瞬間の光景に、偶然にもめぐり合わせたのであった。
それよりも、もしあの学生が「藪柑子集」を読んだとしたら、その内容から自然に想像するであろうと思われる若い昔の藪柑子君の面影と、今ここで、水ばなをすすりながら「性的犯罪考」などをあさっている年取った現在の自分の姿との対照を考えると、はなはだ滑稽でもあり、また少しさびしくもあった。
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哲学も科学も寒き嚔《くさめ》哉[#地から1字上げ](昭和八年二月、渋柿)
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曙町より(十三)
デパートなどで、時たま、若い年ごろの娘の
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