供の時から、あれを見るとぞっと寒気がして、そして自分の頬からこめかみへかけて、同じような毛が生えているような気がして、思わず頬をこすらないではいられない。
 このごろ庭の楓樹《かえで》の幹に妙な寄生物がたくさん発生した。
 動物だか植物だかわからない。
 蕈《きのこ》のような笠《かさ》の下に、まっ白い絹糸のようなものの幕をたれて、小さなテントの恰好をしている。
 打っちゃっておけば、樹幹はだんだんにこのために腐蝕されそうである。
 これを発見した日の晩に、ふと思い出すと同時に、これと同じものが、自分の腕のそこやかしこにできていそうな気がして、そしてそれが実際できているありさまをかなりリアルに想像して、寝つかれなくて困った。
 人の悪事を聞いたり読んだりして、それが自分のした事であるような幻覚を起こして、恐ろしくなるのと似た作用であるかもしれない。
 そして、これは、われわれにとって、きわめてだいじな必要な感応作用であるかもしれない。[#地から1字上げ](昭和三年七月、渋柿)
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 始めて両国《りょうごく》の川開きというものを見た。
 河岸《かし》に急造
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