を取って来てこの境界のガラス板をすっかり熔《と》かしてしまう人がある。[#地から1字上げ](大正九年五月、渋柿)
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宇宙の秘密が知りたくなった、と思うと、いつのまにか自分の手は一塊の土くれをつかんでいた。そうして、ふたつの眼がじいっとそれを見つめていた。
すると、土くれの分子の中から星雲が生まれ、その中から星と太陽とが生まれ、アミーバと三葉虫《さんようちゅう》とアダムとイヴとが生まれ、それからこの自分が生まれて来るのをまざまざと見た。
……そうして自分は科学者になった。
しばらくすると、今度は、なんだか急に唄いたくなって来た。
と思うと、知らぬ間に自分の咽喉《のど》から、ひとりでに大きな声が出て来た。
その声が自分の耳にはいったと思うと、すぐに、自然に次の声が出て来た。
声が声を呼び、句が句を誘うた。
そうして、行く雲は軒ばに止まり、山と水とは音をひそめた。
……そうして自分は詩人になった。[#地から1字上げ](大正九年八月、渋柿)
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根津権現《ねづごんげん》の境内のある旗亭《きてい》で大学生が
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