とかウラニウムとか、言わば一種の「源氏名《げんじな》」のようなものをつけて平気でそれを使っているのである。人間味をできるだけ脱却しよう、すべての記載をできるだけ数学的抽象的なものにしようという清教徒的科学者の捨てようとしてやはり捨て切れない煩悩《ぼんのう》の悲哀がこういうところにも認められるであろう。
 科学といえども人間の産んだ愛児の中の愛児である。血の気を絞り取ってしまったら乾干《ひぼ》しになって、孫を産む活力などは亡《な》くなってしまいはしないかという気がする。
 それはとにかく、元素の名前に「桐壺《きりつぼ》」「箒木《ははきぎ》」などというのをつけてひとりで喜んでいる変わった男も若干はあってもおもしろいではないかと思うことがある。しかしもしそんなのがあったらさぞや大学教授たちに怒られることであろう。
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 自分の欠点を相当よく知っている人はあるが、自分のほんとうの美点を知っている人はめったにいないようである。欠点は自覚することによって改善されるが、美点は自覚することによってそこなわれ亡《うしな》われるせいではないかと思われる。
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