ある。もしかすると逆に出入するために俳句を教わったのではないかという嫌疑《けんぎ》もなくはない。また先生の家に食客となって日常親しく先生の人に接近することのできた幸運の人たちもある。次には先生の東京時代に一高《いちこう》や大学で英語英文学を教わった広い意味での弟子たちがある。その中で先生の千駄木町《せんだぎちょう》時代にその門に出入した人たちがある。一方では英文学科以外の学生でそのころの先生の門下に参じた人もあるかと思われる。
 千駄木時代は先生の有名になり始めからだいたい有名になりきるまでの時代で、作品から言っても「猫」から「虞美人草《ぐびじんそう》」へかけての時代である。このころの先生にひきつけられて先生の膝下《しっか》に慕い寄ったお弟子にはやはりそれだけの特徴がありはしないかと思われる。短い西片町《にしかたまち》時代を経て最後の早稲田時代になると、もう文豪としての位地の確定した時代で、作品も前とはだいぶちがった調子のものになってしまっていた。この時代に新たに門下に参じた人々の中には千駄木時代の先生の要素に傾倒した人とまたこの時代の先生の新しい要素に牽引《けんいん》された人とがあっ
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