々として風になびいていた。その一方で銀杏《いちょう》はもうすっかりその黄葉をふるい落としているのであった。
十月には武蔵野のどこかで桜が返り咲きに満開したそうである。十一月二十五日になってもまだ庭のカンナが咲き続けていた。
植物でも季節の変調にだまされやすいのとそうでないのとあるらしい。
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夏目先生のお弟子《でし》と見られている人がかなりおおぜいいるようである。この「お弟子」の意味がずいぶん漠然としていて自分にはよくわからない。少し厳密に分類するとこの「お弟子」の種類が相当たくさんにありそうである。古いほうでは松山の中学校で先生から英語を教わった人たちがある。その中でそれっきりもう直接には先生と交渉を失った人々もやはり弟子の一種である。またそうした人たちの中で後になって再び先生と密接な交渉をもつようになった人の中でもMN君のようにあらゆる意味で師事した人もあれば、またMB氏のように医師として接触した人もある。それからまた熊本高等学校時代に英語を教わった人々、その中で自分などのように俳句をも教わったために先生の私邸に出入することのできた果報ものも
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