くに》の昔の「歌垣《うたがき》」の習俗の真相は伝わっていないが、もしかすると、これと一縷《いちる》の縁を曳《ひ》いているのではないかという空想も起し得られる。
 唄合戦の揚句に激昂した恋敵《こいがたき》の相手に刺された青年パーロの瀕死の臥床で「生命の息を吹込む」巫女《みこ》の挙動も実に珍しい見物である。はじめには負傷者の床の上で一枚の獣皮を頭から被って俯伏《うつぶ》しになっているが、やがてぶるぶると大きくふるえ出す、やがてむっくり起上がって、まるで猛獣の吼《ほ》えるような声を出したりまた不思議な嘯《うそぶ》くような呼気音を立てたりする。この巫女の所作にもどこか我邦の巫女の神おろしのそれに似たところがありはしないかという気がするのである。
 ナヴァラナが磯辺で甲斐甲斐しく海獣の料理をする場面も興味の深いものである。そこいらの漁師の神さんが鮪《まぐろ》を料理するよりも鮮やかな手ぶりで一匹の海豹《あざらし》を解きほごすのであるが、その場面の中でこの動物の皮下に蓄積された真白な脂肪の厚い層を掻き取りかき落すところを見ていた時、この民族の生活のいかに乏しいものであるかということ、またその乏しい生
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