、日本人の中に流れている血がいくらかはこの土人の間にも流れているのではないかという気がする。ある場面に出て来る小さな男の子にもどう見ても日本人としか思われないのがいる。それからまた女の結髪が昔の娼婦などの結うた「立《た》て兵庫《ひょうご》」にどこか似ているのも面白い。
 唄合戦の光景も珍しい。一人の若者が団扇太鼓《うちわだいこ》のようなものを叩いて相手の競争者の男の悪口を唄にして唄いながら思い切り顔を歪めて愚弄の表情をする、そうして唄の拍子に合わせて首を突出しては自分の額を相手の顔にぶっつける。悪口を云われる方では辛抱して罵詈《ばり》の嵐を受け流しているのを、後に立っている年寄の男が指で盆《ぼん》の窪《くぼ》を突っついてお辞儀をさせる、取巻いて見物している群集は面白がってげらげら笑い囃《はや》し立てる、その観客の一人一人のクローズアップの中からも吾々はいくらも故旧の誰彼の似顔を拾い出すことが出来るのである。
 ラスムッセンの「第五回トゥーレ号探検記」にもこれに似た唄合戦の記事があるところを見ると、これに類似の風俗はエスキモー種族の間にかなり広く行われているのではないかと思う。我邦《わが
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