返さるる怒濤《どとう》の実写も実に印象の強く深い見ものである。波の音もなかなかよく撮《と》れていて、いつまでも耳に残るような気がした。場外へ出たときに聞いた電車の音がひどく耳立ってきこえた。
 こうした映画を見るのは、自分でアランの島へ行って少なくも二三日ぐらい滞在したとほぼ同じような効果があるのではないかという気もした。
 アランの島民たちと、現にこの映画を見ている都人士とで、人生というものの概念がどれくらいちがうであろうか、というようなことも考えさせられた。
 とにかくこうした映画は別にどうといって説明することのむつかしい、しかしわれわれの生涯《しょうがい》にとって存外非常に重大な効果をもつようなある物を授けてくれるような気がする。
 どこかロシア映画を思わせるような編集ぶりとカメラの角度が見られる。ラストシーンの人物の構成など特にそう思われた。「麦秋」などは題材がロシアふうであるのに映画は全然ヤンキーふうであるが、「アラン」にはそうしたアメリカふうがどこにも見えないように思われる。
[#地から3字上げ](昭和十年四月、帝国大学新聞)

     十 ナナ

 ゾラの「ナナ」から「
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