のでは迫った感じが出ないであろう。
 妖精《ようせい》の舞踊や、夢中の幻影は自分にはむしろないほうがよいと思われた。
 この映画も見る人々でみんなちがった見方をするようである。自分のようなものにはこの劇中でいちばんかわいそうなは干物《ひもの》になった心臓の持ち主すなわちにんじんのおかあさんであり、いちばん幸福なのは動物にまでも同情されるにんじんである。そうして一等いい子になってもうけているのは世間の「父」の代表者であるところのおとうさんの村長殿である。

     二 居酒屋

 ゾラの「居酒屋」を映画化したものだそうである。原著を読んでいないからそれとの交渉はわからない。しかし普通のアメリカの小説映画とは著しくちがった特徴のあることだけはよくわかる。話の筋も場面も実に尋常普通の市井の出来事で、もっとも瘋癲病院《ふうてんびょういん》の中で酒精中毒の患者の狂乱する陰惨なはずの場面もありはするがいったいに目先の変わりの少ないある意味では退屈な映画である。それだけに、そうしたものをこれだけにまとめ上げてそうしてあまり退屈させないで興味をつないで行くには相当な監督の手腕と俳優の芸が必要であると
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