の時機が到来したと見えて猛烈をきわめた連発的打撃に今までたくわえた全勢力を集注するように見え、ようやく疲れかかったカルネラの頽勢《たいせい》は素人目《しろうとめ》にもはっきり見られるようになった。
 第十一回目のラウンドで、審判者はTKOの判定を下してベーアの勝利となったが、素人がこの映画を見ただけでは、どちらもまだ何度でも戦えそうに見え、最後に気絶して起きられなくなるようなところはこの映画では見られなかった。
 とにかく体力と知力との戦いとして見るときに、自分のような素人《しろうと》にもこの勝負の特別な興味が感ぜられるのであった。
 カルネラは体重一一九キロ身長二・〇五メートル、ベーアは九五キロと一・八八メートルだそうで、からだでは到底相手になれないのである。
 しかし闘技中にカルネラは前後十二回床に投げられた。そのうちの一回では踝《くるぶし》をくじかれ、また鼻をも傷つけられ、その上に顔じゅう一面「パルプのように」ふくれ上がり、腹や脇腹《わきばら》にはまっかな衝撃の痕《あと》を印していたそうである。
 マクス・ベーアはサンフランシスコ居住のユダヤ系の肉屋だそうである。この「ユダヤ種」
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