。フランス人は理屈を詰めて行くのをめんどうくさがって「かん」の翼で飛んで行くのである。

     「パリ祭」

 このような感じをいっそう深くするものはルネ・クレール最近の作品「七月十四日」(パリ祭―この訳名は悪い)である。この映画も言わばナンセンス映画で、ストーリーとしては実にたわいないものである。しかし、アメリカ人のナンセンスとは全く別の種類に属するナンセンス芸術である。「猿蓑《さるみの》」や「炭俵」がナンセンスであり、セザンヌやルノアルの絵がナンセンスであり、ドビュシーやラベールの音楽がナンセンスであると同じような意味において立派なナンセンス芸術であるように思われる。
 場面から場面への推移の「うつり」「におい」「ひびき」には、少しもわざとらしさのない、すっきりとして気のきいた妙味がある。これは俳諧《はいかい》の場合と同様、ほとんど説明のできない種類の味である。たとえばアンナが窓から町をへだてた向こう側のジャンの窓をながめている。細めにあいた戸のすきから女の手が出る。アンナがそれに注目する。窓が明いてコンシェルジの伯母《おば》さんが現われる。アンナが「そうか」といったような顔を
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