音響効果としていろいろなモチーフが繰り返される。たとえば刑務所と工場の仕事場では音楽に交じる金鎚《かなづち》の音が繰り返され、両方の食堂では食器の触れ合うような音の簡単な旋律が繰り返される。クライマックスの狂風の場面の物をかきむしるような伴奏もはなはだ特異なもので画面の効果を十二分に強調する効果がある。この場面の群衆の運動の排列が実際非常に音楽的なものである。決していいかげんの狂奔ではなくて複雑な編隊運動になっていることがわかる。
 役者も皆それぞれにうまいようである。アメリカ役者にはどこを捜してもない一種の俳味といったようなものが、このルイとエミールの二人にはどこかに顔を出しているのがおもしろいと思う。このいわゆる俳味というのはロイドやキートンになくてチャプリンのどこかにある東洋哲学的のにおいである。そういえば最後のシーンで百万長者からもとのルンペンに逆もどりしたルイのメーキアップはかなりチャプリンに似たところがある。
 編中に插入《そうにゅう》された水面の漣波《れんぱ》、風にそよぐ蘆荻《ろてき》のモンタージュがあるが、この插入にも一脈の俳諧《はいかい》がある。この無意味なよう
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