葉で表現されうるようなうまい見せ場はたくさんある。たとえばいちばん始めに映出される屋上の「煙突のある風景」が最後にもう一度現われて、この一巻の「パリのスケッチ」の首尾の表軸となり締めくくりをつけていることなどがそれである。また始めにはカメラが、従って観客が、あたかも鳥にでもなったように高い空からだんだんに裏町の舗道におりて行って歌う人と聞く人の群れの中に溶け込むのであるが、最後の大団円には、そのコースを逆の方向に取って観客はだんだん空中にせり上がって行って、とうとう天上の人か鳥かになってしまう。そうして地獄を見物に行って来たダンテのように、今見て来た変わった世界の幻像をいつまでもいつまでも心の中で繰り返し蒸し返すように余儀なくされるのである。あるいはまた艶歌師《えんかし》アルベールが結婚の準備にと買って来た女のスリッパーを取り出す場面と切り換えに、ポーラが自分の室《へや》ではき古したスリッパーをカバンにしまっているシーンが現われたり、またアルベールが預かったカバンの係り合いで捕われて行くのとポーラが重いカバンをさげて嫁入りして来るのとをぶつからせたり、こういう種類の細かい技巧をあげれば
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