雲や波や風景や花鳥は、その背景となり、モンタージュとなり、雰囲気《ふんいき》となり、そうしてきたるべき次の場面への予感を醸成する。そこへいよいよ次の画面が現われて観者の頭脳の中の連続的なシーンと「コインシデンス」をする。そうして観者の頭の中の映画に強いアクセントを与え、同時に次の進展への衝動と指針を与える。これは驚くべき芸術であるとも言われなくはない。これはともかくも一つの問題である。そうしてこの問題を追究すればその結果は必ず映画製作者にとってきわめて重要な幾多の指針を与えうるであろうと考えられるのである。
 ウェルズの小説に「|時の器械《タイムマシーン》」というのがある。この精妙なる器械によってわれわれは自由に過去にも未来にも飛んで行くことができるというのである。思うに絵巻物と、その後裔《こうえい》であるところの活動映画も言わばやはり一種の「時の器械」である。時の歩みを順にも逆にも速くもおそくも勝手に支配することができる。もっとも物理的機構にたよる活動映画では、物質的実在世界の未来は写されないし、フィルムに固定されなかった過去は永久に映出し得られない。しかし心の世界の過去と未来はいろ
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