い》連句《れんく》の研究によっても得られる。連句における天然と人事との複雑に入り乱れたシーンからシーンへの推移の間に、われわれはそれらのシーンの底に流れるある力強い運動を感じる。たとえば「猿蓑《さるみの》」の一巻をとって読んでみても
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鳶《とび》の羽も刷《かいつくろ》いぬはつしぐれ
一ふき風の木の葉しずまる
股引《ももひき》の朝からぬるる川こえて
たぬきをおどす篠張《しのはり》の弓
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のような各場面から始まって
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うき人を枳殻籬《きこくがき》よりくぐらせん
今や別れの刀さし出す
せわしげに櫛《くし》で頭《かしら》をかきちらし
おもい切ったる死にぐるい見よ
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の次に去来《きょらい》の傑作
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青天に有明月《ありあけづき》の朝ぼらけ
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が来る。ここに来ると自分はどういうものかきっと、ドストエフスキーの「イディオット」の死刑場へ引かれる途上の光景を思い出すのである。これらのシーンの推移のテンポは緩急自在で、実に目にも止まらぬような機微なものがある。試みにこの一巻を取ってこれを如実に表現すべき映画を作ることができたとしたら、かの「ベルリーン」のごときものは実に幼稚な子供の片言に過ぎないものになるであろう。
しかし、話の筋が通らなくては物足りないという観客が多数にあるかもしれない。それならばかつて漱石《そうせき》虚子《きょし》によって試みられた「俳体詩」のようなものを作れば作れなくはない。
ほんとうを言えば映画では筋は少しも重要なものでない。人々が見ているものは実は筋でなくしてシーンであり、あるいはむしろシーンからシーンへの推移の呼吸である。この事を多くの観客は自覚しないで、そうしてただつまらない話のつながりをたどることの興味に浸っているように思っているのではあるまいか。アメリカ喜劇のナンセンスが大衆に受ける一つの理由は、つまりここにあるのではないか、有名な小説や劇を仕組んだものが案外に失敗しがちな理由も一つはここにあるのではないかという気がする。
連句には普通の言葉で言い現わせるような筋は通っていないが、音楽的にちゃんと筋道が通っており、三十六句は渾然《こんぜん》たる楽章を成している。そういう意味での筋の通った連句的な映画を見せてくれる人はないものかと思うのである。
パラマウント・ニュースのようなものの組み合わせは場合によっては、偶然ではあるが、前述の連句的の効果を持ちうる。近ごろ朝日グラフで、街頭のスケッチを組み合わせたページが出るが、ああいうものを巧みに取り合わせて「連句」にすることもできる。
器械の活動美を取り入れたフィルムもあるが、やはりこしらえものは実に空疎でおもしろくない。たとえば「メトロポリス」に現われる器械などは幼稚で愚鈍で、無意味というよりは不愉快である。これに反して平凡な工場のリアルな器械の映画には実物を見るとはまたちがった深い味がある。見なれた平凡な器械でも適当に映出されるとそれが別な存在として現われ、実物では見のがしている内容が目に飛び込んで来るのである。
実物と同じに見せるということは絵画の目的でないと同様に映画の目的でもない。実物を見たのでは到底発見することのできないものを発見させるところに映画の特長があるのではないか。たとえばわれわれが自身でライオン狩りの現場に臨んだとしたら、どうして草原のそよぎなどを味わうことができるであろうか。殺されて行く獅子《しし》を哀れむ心を生じるだけの余裕があるであろうか。「なんの権利があって人間はこの自由な野の住民を殺戮《さつりく》するだろう」たとえばそんな疑いを起こすだけの離れた立場に身を置きうるであろうか。
映画に下手《へた》な天然色を出そうとする試みなども愚かなことのように思われる。そうして芝居の複製に過ぎないようなトーキーもやはり失敗であるとしか思われない。言うまでもなく独立な芸術としての有声映画の目的は、やはり他にすでにあるものの複製ではなくて、むしろ現実にはないものを創造するのでなければなるまい。おりおり余興に見せられる発声漫画などはこの意味ではたしかに一つの芸術である。品《ひん》は悪いが一つの新しい世界を創造している。これに反して環《たまき》夫人の独唱のごときは、ただきわめて不愉快なる現実の暴露に過ぎない。
絵画が写実から印象へ、印象から表現へ、また分離と構成へ進んだように映画も同じような道をすすむのではないか。そうして最後に生き残る本然の要素は結局自分の子供のころの田舎《いなか》の原始的な影法師に似たものになるのではないか。
欧州のどこかの寄席《よせ》で或《あ》るイタリア人の手先で作り出す
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