るまいと思われる。出て来る画面も出て来る画面もみんな一様に単に絵の具箱をぶちまけたような、なんのしめくくりもアクセントもないものでは到底進行の感じはなくただ倦怠《けんたい》と疲労のほか何物をも生ずることはできないであろう。

     立体映画

 二次元的平面映像の代わりに深さのある立体映像を作ろうという企てはいろいろあるがまだ充分に成効したものはない。特別なめがねなどをかけない肉眼のままの観客に、広い観覧席のどこにいても同じように立体的に見えるような映画を映し出すということにはかなりな光学的な困難があるのである。しかし、そういう技術上の困難は別として、そういう立体的な映画ができあがったとしたら、それは映画芸術にいかなる反応を生ずるであろうか。
 実際の空間におけるわれわれの視像の立体感はどこから来るかというに、目から一メートル程度の近距離ではいわゆる双眼視《バイノキュラーヴィジョン》によるステレオ効果が有効であるが、もっと遠くなるとこの効果は薄くなり、レンズの焦点を合わせる調節《アコンモデーション》のほうが有効になって来る。しかしずっと遠くなると、もうそれもきかなくなって、事実上は
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